無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

Salzenmund: City of salt and silver:ウォーハンマーRPG4版

地理的にも歴史的にも周辺地域とは異なる背景を持ち、北方貿易と銀山経営で繁栄する港町、紛争の種に事欠かない北部領邦の中心都市ザルツェンムントにようこそ。海から襲来する北方人、坑道からわき出るゴブリン、森の奥深くから捲土重来の機会を伺う古の妖術師まで、数多の危難が貴方をお待ちしております!

ウォーハンマーRPG4版で三冊目となる都市ガイドブック『Salzenmund: City of salt and silver(ザルツェンムント:塩と白銀の街)』が発売されております。ザルツェンムントはミドンハイムやアルトドルフよりも規模が小さな都市となりますので、何故単独のサプリが作られたのか疑問に思う方もいらっしゃることでしょう。

ザルツェンムントは地理的にも歴史的にも極めて特異な位置を占める都市であり、紹介する価値が十分にあるのでございます。本日はその話を致しましょう。

ザルツェンムントはノードランドの州都でございます。そもそもノードランドが独立した州としての地位を取り戻したのはごく最近のこと。これまで出版されてきた『Enemy in Shadows COMPANION(影に潜みし敵 冒険の手引き)』そして『Archives of the Empire vol.I(帝国公文書集 第一巻)』では、帝国歴2512年時点における帝国諸領邦の現状が要約されております。その記事では、ノードランドはミドンハイム選帝侯の領地と記載されておりました。

しかし『Archives of the Empire vol.I』で予告されていたとおり、長編キャンペーン『Enemy Within(内なる敵)』を経てエンパイアの構造は激変することとなります。何人かの選帝候は地位を追われ、代替わりしました。

『Salzenmund: City of salt and silver』によれば、ノードランドはミドンハイムから独立、選帝候を戴く州となっています。ということは、『Empire in Ruins COMPANION(エンパイア荒廃す 冒険の手引き)』で示された複数の展開のうち、「An Empire Reborn... Sort of(帝国再興せり・・・、いちおう)」の記述が公式の歴史になるわけですな。

ノードランドの統治者は帝国北方元帥セオドリック・ガウサー伯ウォーハンマーFRP2版は帝国歴2522年を舞台にしておりましたので、当時の設定資料『シグマーの継承者』をお持ちの方はお名前をご存じかと思います。

ザルツェンムントの人口は一万五千人で特産品は銀と木材。守銭帝ボリスの時代にマリエンブルグ市がエンパイアから独立を「買って」以降、ザルツェンムントは外海につながる港を持った帝国で唯一の大都市となっています。

これまで追加資料で詳細な設定が示された都市と比較してみましょう。
『Death on the Reik COMPANION(ライク河上の死 冒険の手引き)』によると、ユーベルスライクの人口が七千五百人、ベーゲンハーフェンは一万五百人、『Power behind the Throne COMPANION(玉座の影の権力 冒険の手引き)』によるとミドンハイムの人口は四万人。ザルツェンムントが決して小さな都市でないことはお分かり頂けるものと思います。
ちなみにアルトドルフは百万人都市だそうです。

『Salzenmund: City of salt and silver』の構成は、これまでのシティガイドと同様でございます。最初の章は歴史と年表、続いて統治者と政治体制、軍事と外交、ザルツェンムント都市案内、周辺地域の案内、ノードランドを脅かす敵たち、といった順番。後半にはノードランド特有のモンスターや産業を扱うためのルールも掲載されてございます。

海につながる港湾都市であること、領内に銀山が数多く存在すること、領土の多くが森に覆われていること、などを原因とするノードランド特有の危険も示してございます。

一見すると真新しさがないように思えるかもしれません。しかし、『Salzenmund: City of salt and silver』には、エンパイアを揺るがしかねない北部地域の秘密が幾つも記されてございます。一見しただけでは単なる地域紹介のように見えるさりげない記述の中に、ザルツェンムントとノードランドの重大な秘密が記されているのでございます。

これまで出版されてきた追加資料と読み合わせることで、エンパイアの根幹に、あるいはオールド・ワールド全体に関わる恐ろしい秘密が幾つも隠されていることが解る作りとなっているのです。

ノードランドの歴史を扱う最初の章でさえ強力なパンチが飛んできます。初代皇帝シグマーにより諸部族の領土が統一され、天下分け目の戦いとなった黒火峠の戦いに集まった十二人の族長が帝国諸州の最初の統治者である。一般的にエンパイアの歴史はそのように認識されてございます。

しかし、ノードランドは六世紀までエンパイアの領土ではなかったのです。確かに、現在ノードランドと呼ばれている地域からシグマーの元に集った部族はございました。しかしその後も帝国北部には“白銀王”と呼ばれる人物が統治する王国が存在し続けていたのです。

“白銀王”の人物像は歴史の霧の中で忘れ去られており、現在ではザルツェンムントの住民でさえその正体を知るものはいません。

“白銀王”の正体が公になったならば、エンパイアにおける争いの火種となることでしょう。そして『Salzenmund: City of salt and silver』には正体が記されています。つまり、お読みになったアナタはエンパイアを揺るがす秘密を知ってしまうことができるのです。

あるいは、ノードランドの魔術師君候時代についての話題もございます。帝国全土で魔術の行使が違法とされていた時代に、何と魔術師がノードランド選帝候の座に就いていた時代があったのです。ザルツェンムントには代々の(!)魔術師選帝候が残した遺産が今なお残されているのです。

第一章には他にも帝国北部領域の歴史的事件が記されてございます。ザルツェンムントは決して帝国の中心ではございませんが、三皇帝時代、スケイブン戦争、混沌大戦における歴史の転換点に立ち会った都市なのです。

同じく第一章に、統治者と政治体制についての記事がございます。選帝候セオドリック・ガウサー伯のデータが掲載されておりまして、他にもノードランド大男爵の地位を追われた貴族(トッドブリンガー伯の縁戚筋に当たります)や、ノードランドの守護者である北極星騎士団総長など、政治・軍事・学問の中心人物が紹介されています。

これまでの資料でデータが明らかになった選帝候はエマニュエル・フォン=リーベウィッツ伯爵夫人、ボリス・トッドブリンガー伯爵、セオドリック・ガウサー伯爵の三人。『Empire in Ruins(エンパイア荒廃す)』に登場した時点では選帝候ではなかったものの、マリウス・レイトドルフ伯も含めると四人となります。選帝候ではございませんが、選帝会議での投票権をお持ちのお歴々としては、シグマー教団総大主教大主教そしてウルリック会大僧正も『Empire in Ruins』でデータ化されています。

第二章からはザルツェンムント市とその周囲の紹介。

エンパイアの主神であるシグマーを奉る寺院を始め、主要な宗派の寺院が一通り市内にございます。寺院の規模も都市の人口に見合ったものです、何せ州都ですので。

文化的な特徴を申し添えておきますと、北部領邦ではウルリック信仰が盛んであるため、ザルツェンムントのウルリック神殿はミドンハイム大神殿に次ぐ規模で、エンパイアにおいて他に例のない建築様式で築かれてございます。

港湾都市であるザルツェンムントには海神マナンの大聖堂がございます。壮麗なのは外観だけではありません、内部も荘厳な作りとなっております。この建物の見所は数多くありますが、とりわけ有名なものは天井に飾られている大海獣の骨でございましょう。

この街には大学だってあります。帝国の中心から離れておりますので、遺憾ながらアルトドルフやナルンの大学のような学問的権威は持ち合わせておりません。しかしながら、ザルツェンムント大学中産階級からの資金提供により設立されたことは特筆に値します。貴族のための施設ではなく、高等教育を求める市民自らが建てた学校であることが、街の豊かさを物語っています。

大天球儀を戴く六角形の塔は魔法大学校の出先機関でございます。ガイドブックの表紙にも描かれておりますその外観から皆様ご想像の通り、天空の学府の魔術師たちが研究施設として用いております。

大病院もございます。ザルツェンムント療養所では、慈悲の女神シャリアと地母神リアの教団による医療活動を三つの医師ギルドが支援しております。ザルツェンムントの偉人、名医フェストゥス博士がこの病院の創設者であることは広く知られております。

フェストゥス博士はある時謎の失踪を遂げ、後にティネア同胞団を設立しています。ティネア同胞団についてはスターターセットの『ユーベルスライク・ガイドブック』にも載っておりますので、ご存じの方もいらっしゃることでしょう。

この街の見所は大規模な建築ばかりではございません。ザルツェンムントはエンパイアにとって重要な貿易港であり、北方との交易の拠点であります。そのため北方の文化・・・我々の世界で言うヴァイキングの文化に似たもの、の影響がそこかしこに見受けられます。

さて、ウォーハンマー世界の設定では、北極点に何があるでしょう?左様、禍つ神々の領域に繋がる門でございます。北方の荒れ地から襲来する略奪者たちは、エンパイアでは禁教となっている混沌四大神を公然と信仰しているわけでして、ノードランドが北方人との交易で文化的な影響を受けてもいるということは、その、つまり・・・。

ザルツェンムントの市民生活に溶け込んでいる風習の中には、混沌四大神に由来している事物もあるのです。気付かないまま、混沌神に祈りを捧げたり、あるいは願掛けをするような例が『Salzenmund: City of salt and silver』で示されています。

考えてもみてください、PCの前に死の運命を告げる大烏が現れたとして、それが冥界の神モールの使いなのか、疫病と死の神ニーグレンが送り込んだ従僕か、それとも運命の操作者ティーンチの眷属か、見分ける方法があるでしょうか?

見分ける方法が無いだけならまだマシです。実は全て同一のもので、北方人と南方人で同じ現象に違う名前を付けているだけなのだとしたら・・・。エンパイアの臣民にとって考えたくもない話だと思いませんか?

ザルツェンムントの路地裏でお祈りしたときや、珍しい木彫り細工あるいは装飾品を手に入れたときは、くれぐれもご注意くださいませ。いつGMが「じゃあ、《堕落(中規模)》でロールしてみて!」と言い出すか知れたものではございませんので。

城壁の外にある遺構や周辺地域の紹介、ノードランド各地の河川に森林、居住地域の記事もあります。

中でも、ノードランドの地域神に関する記事は衝撃的でした。もしこの記事の通りだとすると、エンパイアの他地域の神々も実は!ということがあるかも知れません。

ルールブックの記述の時点ですでに、帝国非公認の魔法使い「似非魔術師」は魔術師というよりむしろ精霊との交渉を司る神官なのではないかと思わせる記述がありました。考えてみますに、ウォーハンマー世界では人間以外のほとんどの種族は魔術師が司祭を兼ねている、というのも不思議な設定です。仮に、ライク河の地域神“ライク爺さん”やその他の地域神の正体がノードランドの地域神と同じだとすると・・・、

話題が逸れてしまいました。
精霊と言えばですね、ローレローンの森に暮らす小妖精のデータが載っているのですよ。ウォーゲーム版のウォーハンマーでは“小妖精”と訳されていましたが、森に入り込んだ者の手足を切りつけたり、鬼火を見せて危険な場所に誘い込んだり、まあ妖怪のようなものです。いずれも非力ですが、ローレローンの森の意志そのものが形を成したものであり、敵に回すと恐ろしい相手です。ローレローンの森を敵に回すということは、怒れる森エルフの集団を相手にすることでもあります。

森の精霊について詳細が設定されたということは、似非魔術師の技能〈知識:精霊〉が役に立つときが遂にやってきたのです。小妖精の力を借りるためのルールもございます。アナタのシナリオの味付けとして、ローレローンの妖精を登場させてみてはいかがでしょう。

モンスターデータとしては他にも、ノードランドの鉱山に巣くうゴブリン部族“ぎらぎら月族”が紹介されています。孤立した環境で暮らすゴブリンの群れが独自の奇妙な世界観を持つようになる例は、これまでのシナリオ集にも示されてございました。“ぎらぎら月族”の世界観や特有の戦術についての記事もございます。

族長グリミックは魔法の杖“バクハツ棒”を手に入れたことで今の地位に就いたという背景の持ち主です。この魔法の杖にも意外な秘密が隠されています。

ノードランドの産業について2つの章が設けられています。一方は鉱山経営、もう一方が密輸業です。

鉱山についての挿し絵が見事なもので、ふいごを使って坑道に空気を送り込み、水車と梃子を組み合わせてあふれる水を地上に排出する様子が描かれています。版画風のこの絵、実際の中世の鉱山に関する書物が基になっているのではないかと思うくらい現実感があります。

この章に登場する鉱山経営者は異色の経歴ですが、理に適った設定です。鉱山経営に関する各種ルールは、採鉱機材の価格や維持費、鉱山労働者の雇用から坑道内の事故に至るまで、至れり尽くせりの内容です。

もう一方の経営ルールが密輸業について。『Death on the Reik COMPANION』で河川交易のルールが紹介されましたが、今回は密輸に特化した内容です。新キャリアとして密輸商人のバリエーションが一つ紹介されています。ザルツェンムントはライク河の流域にはないため、他の大都市まで荷物を運ぶには彼らの協力が必要となることでしょう。

この他にも、エンパイア北部を千年以上に渡り脅かしている大死霊術師NPCデータ有り!)や、ザルツェンムント城の秘密、ノードランドの妖精と森エルフの共生関係などの記事もあり、読み応え十分です。

Winds of Magic』や『Enemy Whithin』キャンペーンと併せて読めば、ウォーハンマー世界に関する理解がさらに深まることでしょう。

プレイヤーにとってはともかく、キャラクターにとっては知りたくもなかったようなことも、多数載っております。

ザルツェンムントの北、鉤爪湾については別途設定資料が出版されるそうです。出航準備が整うまでの間、ザルツェンムントに逗留してはいかがでしょう。

なお、ご起床時には悪夢の効果に抵抗する判定を行っていただきます。