無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

千と千尋ともののけ姫とトトロについて その2

前回に続きまして、『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』の間で共通する題材について話を致します。

前回はもののけ姫』には、神話に対する民俗学の解釈が使われている、と話しました。

古代史においては、鉄製の武器を持つ王朝によって各地の豪族が打ち破られ、地方で崇拝されていた神々が妖怪や祟り神とされ、やがてその土地そのものと一体化して地名や奇観の由来として鎮められる、この一連の流れが世界各地で存在します。『もののけ姫』は、神話の舞台を戦国時代に置き換え、鉄器ではなく銃を神殺しの武器(≒異なる文明を滅ぼすものの象徴)として描いた映画、と考えることに手前はあまり無理を感じられません。

前回は『もののけ姫』の話題に偏ってしまいまして、今回ようやく『千と千尋の神隠し』の話に入ります。設定資料集によりますと、千尋は『もののけ姫』サンの子孫である!という驚くべき設定が示されています。…まあ、冗談で作った設定かもしれませんけど。

以前の記事で申し上げましたとおり、『千と千尋の神隠し』でも世界各地の民話や神話・伝承からの引用が見られます。例えば、名前を取り上げることで他人を支配したり、見分けのつかない選択肢の中から正解を見つけたり、などです。確か旧約聖書にも類例がありました。

千と千尋』で登場する奪われた名前は注目に値します。主人公千尋のほかにも名前を奪われた登場人物がいまして、その本当の名前がニギハヤヒなのです。ニギハヤヒは、古事記によれば神武天皇と争った豪族ナガスネビコが信仰する神で、後に物部氏の祖先となった神でもあります。

これは憶測に過ぎませんが、小・中学校の教科書にも書かれている古代史上の出来事、蘇我氏物部氏の争い、の原因のひとつに仏教により一元的に神々の地位を定めようとする運動と、中央集権制以前から日本で信仰されていた神の信仰の争いという側面があったのかもしれません。古代史で王権に逆らった民が、ナガスネビコや土蜘蛛などの呼ばれ方をするのは、農耕民族より手足の長い狩猟民族だったから、という説も耳にしたことがあります。

閑話休題、『もののけ姫』では、何らかの最高神の系譜に加えられる前の、地方で信仰されていた神々をモデルにしたと思しき登場人物が多々見られます。

そして、『もののけ姫』は、伝説上の狩猟民族の子孫が、いまだ中央の神話に取り込まれていない地方の神に育てられた少女と出会う話です。
一方、『千と千尋の神隠し』では、もののけ姫の子孫である少女が、王権確立以前の(おそらくは)狩猟民族が信仰していた神ニギハヤヒの名を持つ少年と出会う話です。

このように、上記二作品は同じ材料を「ボーイ・ミーツ・ガール」版と「ガール・ミーツ・ボーイ」版の異なる形で料理した映画である、と見ることが出来ます。
少なくとも、『もののけ姫』で使い切れなかった古代史や民俗学の情報が、『千と千尋の神隠し』に使われていることは確実でしょう。

さて、映画監督は一般に自分の見出した主題を一生涯追い続けるものだと仮定するならば、『となりのトトロ』のキャッチコピー「このへんな生き物はまだ日本にいるのです、たぶん。」も、上記二本の映画と通じるところがあります。

高度経済成長期とそれに伴う環境破壊によるものなのか、それとも歴史の磨耗により信者が絶えてしまったか、原因として隠れているものはそれぞれの映画で異なるように見えます。しかし、文化の表舞台から消え去ってしまった妖精や神々たちも「まだ日本にいるのです、たぶん。」というテーマで、上記三本の映画は結び付けられるはずです。

そういえば、『千と千尋の神隠し』の湯屋を訪れた神の中にトトロが紛れ込んでいる、というどこまで本当か分からない噂も耳にいたしました。

となりのトトロ』のキャッチコピーは当初「このへんな生き物はもう日本にいないのです、たぶん。」だったというエピソードもございます。宮崎駿監督は、「もういないのです」というキャッチコピーに 何故か激怒し、現在の形に改めた、という話が伝わっております。

何故監督が激怒したのか?
となりのトトロ』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』いずれにおいても、 「まだ日本にいるのです、たぶん。」が監督の大きなテーマだった とすれば、彼が激怒した理由として理解できるのではないか。
貧弱なる論拠であることは承知の上で、手前そう申し上げたい次第でございます。

次回は『007』と『市民ケーン』の共通するモデルについての話、を予定。

前回の記事はこちら
千と千尋もののけ姫とトトロについて
http://blogs.yahoo.co.jp/tokuni_imiha_nai/27606890.html

以前の記事はこちら
千と千尋の神隠し
http://blogs.yahoo.co.jp/tokuni_imiha_nai/18240124.html