無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

ホームズがモテないのはどう考えても「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」

1、ホームズは友達が少ない
さて、前回は「シャーロック・ホームズ シャドウ・ゲーム」を題材にとって、ホームズ=ジェームズ・ボンド仮説の近年の展開についてお話しした訳です。今回はもう一方のホームズ解釈について考えてみましょう。
 
ホームズ=ボンド仮説の最大の弱点は、ボンドとホームズの間に決定的な違いがあることです。どうしてボンドは女好きなのにホームズはぼっちなのか?この違いを埋める鍵こそがすなわちホームズ=やおい仮説なのかもしれません。
 
ホームズの映像化作品としてのイメージを決定づけた、ジェレミー・ブレット主演グラナダテレビ版の「シャーロック・ホームズの冒険」では、そのような雰囲気は全くなかったわけです。
 
あ、そう言えば、史上最高のホームズ俳優と呼ばれたジェレミー・ブレットはジョージ・レーゼンビーとジェームズ・ボンド役を争っていた訳ですから、ホームズ=ボンド仮説の傍証の一つとして挙げることができます。
 
ところが、近年のホームズものでは、ロバート・ダウニーJr.主演の映画でも、ベネディクト・カンパーバッチ主演のテレビシリーズでも、“ホームズとワトソンの関係は怪しい。”という下衆の勘ぐりを徐々に表面化しつつある気がしてならないんですよ奥さん。
 
確かにホームズとワトソンはやけに仲が良い気もしますが、それは単にホームズには他に友達がいないだけとも取れますし、どうでしょう。ホームズがぼっちになりやすい性格だということについては、皆様にも同意いただけると思うのです。
 
ほぼ確実に痛罵されることが分かっているにも関わらず、ワトソンがホームズを見限らないのも不思議と言えば不思議ですが、それはホームズが他人を傷つける言葉を無自覚に吐き出し続けるのと同様、ワトソンもワトソンで罵倒されていることに気づかないくらい鈍感なだけかも知れませんし・・・。
ワトソンは鈍感キャラで無自覚な受けか、アリだな。
 
冗談はさておき、ガイ・リッチー監督の「シャーロック・ホームズ」一作目のパンフレットに、“ワトソンのツンデレ”“腐女子的要素”などといった語句が踊っていることに手前大いに困惑したのですが、二作目の「シャドウ・ゲーム」を観て納得しました。
 
新婚旅行中のワトソンが命を狙われていることを悟り女装姿で押し掛けるホームズ。ワトソンの妻メアリを列車から突き落とすホームズ。銃で狙われているとき「伏せろ!」ではなく「私の隣で寝るんだワトソン」と言い出すホームズ(上半身裸で)。夫を心配するメアリに、「特殊な男性であっても女性と一緒にいて楽しいということはあるものですよ」と言って落ち着かせようとするホームズの兄マイクロフト。
 
一作目の頃からワトソンの婚約者に対するホームズの見方が厳しすぎるというか敵意をむき出しにしていた空気はありましたが、かなり露骨になって参りました。
 
2、ホームズがモテてどうすんだ
で、ようやっと本題。ベネディクト・カンパーバッチ主演の「SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁」。テレビドラマシリーズ「SHERLOCK/シャーロック」では現代を舞台に置き換えているのですが、かなり変則的な手を使って、原作通りの19世紀のビクトリア時代を舞台に物語が展開します。
 
ロバート・ダウニーJr.版と同じくカンパーバッチ版でも、ホームズはワトソンの妻に対して強い不信感を持っており、ソレっぽい雰囲気も従来のシリーズより強く打ち出されているのです。
 
今回のワトソンは、ホームズに聞いてはいけない質問をしてしまいます。
「恋愛経験とか無いの?今まで一度も?え、マジで一度も?」
 
お前らのようなお前らに喧嘩を売るワトソン。半ギレで切り返すホームズ「激しい感情というものは私にとって精密機械の歯車に付いた砂、高倍率レンズに入ったヒビと同様、致命的なのだ。思考機械にとって感情など無用なものだ。」繰り返します、ホームズはこのとき半ギレで切り返しています。大事なことなので二回言いました。
 
ところでこの台詞、ホームズ最大のライバルであるモリアーティも使っているのです。もちろん、モリアーティとホームズは鏡像関係にある訳ですから、裏表一体であることを示すために同じ台詞を使うことには何の不思議もないのですが、この比喩表現がどのように使われているかが問題なのです。
 
モリアーティにとって激しい感情は精密機械の歯車に付いた砂、と言うのではなく、モリアーティ精密機械の歯車に付いた砂である、と自称するのです。
 
もう少し具体的に言いましょう。モリアーティがホームズに対して、「私はお前という思考機械の歯車の砂だ!ウイルスだ!必ずお前を打ち倒す!」とかなんとか、そういうことを言い始めます。えーと、ソレはつまりそういうことなのか。そうなのか。そうなんだろうなあ、やっぱり。
 
3、やはりホームズの青春ラブコメは間違っている
主人公の宿敵というものには、“主人公と同一の能力を持ったライバル”の他にもパターンがあるはずです。
 
SHERLOCK/シャーロック」におけるモリアーティは、ホームズと鏡像になるキャラクターであるという性質の他に、対ホームズ戦に特化したキャラクターとしての側面があります。
 
おそらく、「SHERLOCK/シャーロック」シリーズのモリアーティは、キャラクターの基として、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター教授と、「バットマン」のジョーカーを組み合わせたものです。
 
ダークナイト・リターンズ」で描かれているように、バットマンが引退した後のジョーカーは、生きる張り合いを失ってしまい、生ける屍となってしまうのです。要するに、主人公の宿敵キャラのあり方として、“主人公に嫌がらせをすることに特化した性格”のストーカータイプもあり得るということです。
 
SHERLOCK/シャーロック」のホームズが天才だが社会不適応者なのと同様、モリアーティもソシオパスであって、レクター教授の系譜につながる人格が破綻した天才犯罪者(または探偵)という裏表一体のキャラクター造形であることは確かです。
 
あ、そうだ!今思い出したのですが、「SHERLOCK/シャーロック」でモリアーティを演じているアンドリュー・スコットは、つい先頃の007「スペクター」にも出演していました。これも、ホームズ=ボンド仮説の傍証の一つとして挙げることができます。
 
さてこのモリアーティ、「忌まわしき花嫁」ではどのような行動をとっているでしょうか。
「室内の埃は大半が皮膚から生じたものだ」と言いながら、ホームズの部屋の埃を舐め始めるモリアーティ。ホームズとの会話中、拳銃を自分の口に押し込むモリアーティ。
 
相手の人格や記憶、人間関係などに揺さぶりをかけて神経を逆撫ですることに特化した敵役というキャラ造形になっています。言わばこれは、バットマンに対するジョーカーです。「キリング・ジョーク」以降のジョーカー、「ダークナイト」でヒース・レジャーが演じた、相手の倫理観に挑戦して嫌がらせを行う、バットマンに対するストーカーとしての宿敵であるジョーカー、の延長線上にあるように見えました。
 
ところで、今までの「SHERLOCK/シャーロック」シリーズでも、推理を披露するホームズからカメラが引くと、推理内容と同様の情景が映し出されるという演出がされていました。ホームズの脳内で起きている出来事を現実の風景と二重写しにすることで、ホームズがどのように世界を認識しているのか示しているわけです。
 
この度の「忌まわしき花嫁」は、その演出をストーリー全体に拡大したものであります。したがって、ホームズには兄マイクロフトがどう見えているか、ワトソンのことをどう見ているのか、モリアーティがホームズの主観映像においてはどう見えているのかを示している話なのでもあります。
 
あ、そうだ!今思い出しましたが、「SHERLOCK/シャーロック」では、ホームズの兄マイクロフトの通称がボンドの上司と同じ「M」だったりします。これもホームズ=ボンド仮説の以下略。
 
したがいまして、「SHERLOCK/シャーロック」におけるカンパーバッチホームズは、モリアーティのことをストーカーだと思っている。「忌まわしき花嫁」劇中ウェディングドレス姿で現れるモリアーティ、という絵面からしても確実でしょう。
 
4、ホームズがモテないのはどう考えてもお前らが悪い
どうやら、”ホームズとワトソンは怪しい”という見方は、かなり昔から、それこそ原作連載時からシャーロキアンの一部の間では議論され続けてきた模様であります。
 
Mr.ホームズ 名探偵最後の事件」でホームズを演じているのがイアン・マッケランであり、「シャドウ・ゲーム」でホームズの兄マイクロフトを演じたのがスティーブン・フライであることを考慮に入れますと、ガンダルフ、湖の町の統領、ビルボ・バギンズにスマウグ、そういや白のサルマンは昔マイクロフト役だったっけ、と出演者がかなり重複していることから、ホームズ=指輪物語という説をたった今思いつきましたが、こればっかりはこじつけが無理そうなので黙っておきます。
 
結論として、21世紀型ホームズがこうなったのは、ファンの皆様のお前らがそういったホームズ像を望んでいるからであって、ホームズがモテないのはどう考えてもお前らが悪い!ということで、どうでしょう。