無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

市民ケーンと007、両方のモデルになった大富豪 その3

前回に続きまして、有名な映画のモデルになった実在の大富豪、ウィリアム・ランドルフ・ハーストについて話しをいたします。

『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』に登場する悪役、エリオット・カーバーは、新聞王ハーストをモデルに創造されていますカーバーは、視聴率を上げるためにスクープを捏造して国際紛争を操り、第三次世界大戦を起こそうとするメディア王です。

たかが視聴率のために戦争を起こそうとするのは、いくらなんでも現実離れしている、と皆様は思うでしょう。手前もそう思います。しかし、この荒唐無稽な陰謀は、米西戦争に対するハースト氏の関与から着想を得ていることは明らかです。その証拠に作品中で、新聞王ハーストの有名な言葉が引用されています。

新聞王ハースト曰く、
君らは写真を撮れ!私は戦争を起こす。

この発言は他にいくつも訳があり、面白いことにいずれも語順が通常と逆なのです。
つまり、「私は戦争を起こす→(だから)→写真を撮ってこい」ではなく、
「写真を撮ってこい→(そうすれば)→私は戦争を起こす」の順になっています。

これは、戦場の写真を撮って来いと述べたのではなく、戦争を起こすための”写真を撮って来い、と述べているように読み取れます。つまり、ハースト氏は自分の新聞に載せる写真で世論を操作できることを知りながらなお、読者に受ける衝撃的な紙面を作り上げた確信犯(←誤用)だったと言えます。

さらに、同氏は所有する新聞社を通じてネガティブ・キャンペーンを行い、米戦艦の事故をスペインによる攻撃であると断定し、意図的に会戦に向けて国民を扇動していたと指摘されています。このように、戦艦を沈没させて戦争を起こそうとした『トゥモロー・ネバー・ダイ』の悪役の行動は、米戦艦メイン号の事故を利用したハースト氏を踏まえていることが読み取れます。

ちなみに、ハースト家の人々が007シリーズの悪役のモデルになったのはこの一本だけではないようです。続く『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』では孫娘のパトリシア・ハースト誘拐事件から着想を得たと思える展開を見せます。
この事件もまたいくつかの映画の題材として扱われている有名な出来事です。なぜ有名なのか申しますに、単に大富豪の孫が誘拐されたという以上に、ストックホルム症候群の典型例として記憶されているためであります。

パトリシア・ハースト誘拐事件と『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』に登場するエレクトラ・キングの設定を重ね合わせてみますに、
過激派に誘拐された大富豪の令嬢で、親御さんが身代金を値切ったためブチ切れて過激派のメンバーになった」と、このようにぴったりと重ねることができます。

どうやら、上記のシリーズ2本は同一の脚本家の手によるもののようです。この脚本家がハースト家の事件について調べ、そこから得たアイデアを盛り込んでいた、と推測することにさほど無理があるとは思えません。

一人の人間が何度も創作の題材になるのはそれだけでもすごいことです。それが有名な作品ならなおさらです。それだけに留まらず、孫まで007の悪役モデルになっていたハースト一家の波乱万丈の生涯には、手前驚嘆せずにはいられないのであります。

以前の記事はこちら!
市民ケーンと007、両方のモデルになった大富豪、その1、2
http://blogs.yahoo.co.jp/tokuni_imiha_nai/28052911.html
http://blogs.yahoo.co.jp/tokuni_imiha_nai/28081126.html