無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

市民ケーンと007、両方のモデルになった大富豪

以前予告いたしました『市民ケーン』とスパイ映画『007』シリーズの共通点について話をしましょう。

オーソン・ウェルズ監督による『市民ケーン』は、従来の映画の技法を片っ端から詰め込み、ハリウッドの誇る不朽の名作に数えられています。

一方、こう申し上げては何ですが、007シリーズは典型的な、…そうですね、典型的なポップコーン・ムービーの一つである、と述べてよいでしょう。ダイビングから戦闘機の操縦まで何でもできる凄腕諜報員が、大量の秘密兵器を駆使して世界各地を巡り、敵国の美人スパイと対立しつつも力を合わせ、世界征服をたくらむ悪の組織を壊滅させる。まあ、他愛の無い話です。

このように、まったくバラバラな二つの映画の間に、映画であること以外の共通点があると、にわかに信じられるでしょうか?

実は、どちらにも実在の大富豪、新聞王ハーストがモデルになった人物が登場しているのです。

新聞王ハースト、本名ウィリアム・ランドルフ・ハーストの生涯は、大体の部分において『市民ケーン』に登場する新聞王ケーンと重なります。

両者の生涯はいずれも、以下のようなものです。
「親の代に所有していた鉱山から金が出てある日を境に大金持ちになり、新聞社を買収。過激な報道で部数を伸ばし、更なる権力を得ようと政界入りを目指すが醜聞が発覚し失脚。愛人を女優にするため様々な工作を行うようになり…。」
このように、新聞王ケーンの生涯は、モデルになった実在の新聞王の生涯そっくりに創造されています

映画では使われることがなかった、幼少期のハースト氏のエピソードがございます。
幼少期にハースト君が家族でヨーロッパ旅行を楽しんだ際の一幕。帰りがけに親御さんはハースト君に尋ねたそうです。
「ウィルは旅行のお土産に何が欲しい?何でも(←ここが重要)買ってあげよう。」
するとハースト君、お目眼をキラキラさせながらこう答えたそうです。
ルーブル美術館買って!

言うまでもないですけど、いくら親が大金持ちでも無理な相談です。

ちなみに、この時ルーブル美術館を買えなかったのがよっぽど悔しかったのか、それとも子供の頃からそういう収集癖があったのか(栴檀は双葉にして芳し、ってやつですね)、後年ハースト氏は美術品を大量に購入して専属チームに管理させ、専用の倉庫に収納し続けるオトナになってしまったそうです。
箱から出したら価値が下がっちゃうよ!」って言っていたかは存じません。
市民ケーン』の終盤にちょっとだけ映る、ケーンの遺品を整理している人たちは、おそらくハースト氏の美術品管理スタッフが元ネタでしょう。

続く。