無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅

実は手前、この映画を楽しみにしておりました。
何故なら、『アリス・イン・ワンダーランド』の続編だからです。もちろん、前作はティム・バートン監督のフィルモグラフィの中ではいまいち精彩に欠ける印象は拭えません。意図していた展開を会社に蹴られる等の不本意な所があったとバートン監督も述べていました。『PLANET OF THE APES/猿の惑星』の頃にも同監督は似たようなことを述べていたことも御座いますし、前作『アリス・イン・ワンダーランド』もまた監督の資質と映画の作り方(それとも作られ方?)が合わなかったのでしょう。
 
そういえば、『PLANET OF THE APES/猿の惑星』公開時に同監督は、「『猿の惑星』のリメイクに取りかかった動機は何ですか?」などと聞かれる度に「リメイクではなくて、リ・イマジネーションさ。もっと素晴らしいものになるんだよ。」とまあ、そんな回答をなすっていました。
 
それまで全く聞いたことのない言葉だったので、一体全体何を言っているのか解らなかったのですが『アリス・イン・ワンダーランド』を観たおかげでその意図に気付くことが出来ました。要するに、「題名だけ有名作品から借りて、登場人物の名前とかの設定を適当に引用しつつ、大半は好き勝手にやらせてもらうんでそこんとこヨロシク!」という意味だったのですね。
 
冗談はさておき、それでも前作では時々ギョっとさせられる場面が御座いました。白の女王がかなり感じ悪い人なのです。主人公を助ける魔法使いの役回りなのですが、明らかに言動がおかしい。「危険だけど良い方法を思いついたわ!貴女がやってくれないかしら?」とか言い出すタイプ。いかにもディズニーアニメに登場する“良い魔女”的な外面であることがかえって不穏さを際立たせています。日本語吹き替えでは深キョンが声を当てているあたり、キャスティングにも悪意があってイイ感じです。魔法の薬を作るためにかき混ぜている鍋に白の女王が突然痰を吐くシーンは、間違いなく『アリス・イン・ワンダーランド』の白眉でした。
 
さて、ティム・バートン監督の作品においては、同監督の実人生が大きく反映しているとしばしば指摘されています。父を亡くした頃に『ビッグ・フィッシュ』、子育ての頃に『チャーリーとチョコレート工場』、絵本『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』は当時の恋人リ・マリーに捧げたものでヒロインの名前がサリー。
 
他にも指摘されている事項としては、集団からはじかれた嫌われ者に対して優しく寄り添った作風である云々、といった評価も御座います。『バットマン・リターンズ』『シザーハンズ』『エド・ウッド』で指摘されている通りで御座います。
 
ところが、『ティム・バートンのコープスブライド』あたりから、何かが変わり始めたのです。以前の投稿で申し上げましたが、『コープスブライド』は、同監督の『エド・ウッド』『マーズ・アタック』『スリーピー・ホロウ』に出演していたリサ・マリーと別れて『PLANET OF THE APES/猿の惑星』でヒロインを演じたヘレナ・ボナム・カーターをパートナーとしていた頃にバートン氏が作った映画です。そのことを知っている場合と知らない場合で、この映画の見え方は全く異なります。
 
知った上で観ていると、映画一本丸ごと使って「僕は悪くない!もちろん彼女も悪くない!もし僕に悪い所が有ったとしたらそれは優し過ぎたことで、それは彼女も解ってくれているはずなんだ!」という言い訳を並べ立てているような、そんな側面が浮かび上がってきます。
 
続く『スウィーニー・トッド  フリート街の悪魔の理髪師』では、ヘレナ・ボナム・カーターに“主人公を騙して略奪婚を狙う大家のおばちゃん”の役を当てています。さらに、主人公のトッド氏(=ティム・バートン監督の分身)は、大家のおばちゃんに全く目もくれず、最後に向けた感情は憎悪なのであります。
 
ダーク・シャドウ』においては、ジョニー・デップ演じる主人公バーナバス・コリンズに不死の呪いをかけた上200年間彼の一族につきまとっていた筋金入りのストーカー気質の魔女にバーナバス(=ティム・バートン監督の分身)が吐き捨てる一言が残酷。そして、監督の配偶者ヘレナ・ボナム・カーターに与えられた役が“老いと死を恐れる医者”という役回り。
 
前々からこの監督の作家性として、大変に自己愛の強い方なのだろうなという雰囲気は出ておりましたが、とうとう正体を顕してきました。映画館の座席でハラハラしながら手前は『ダーク・シャドウ』を観ていたのです。
 
ティム・バートン監督の映画において描かれるはぐれ者の悲哀というものは、弱者への共感に基づいたものではなくむしろ、自己愛に基づいたものなのではないか。“この可哀想な主人公/悪役(=俺)に同情してくれ!”という本音が漏れ出てきたものではないか。今度はどの映画のどの場面で本音が漏れ出てくるのか、ずっと楽しみにしておりました。
 
思いますに、『アリス・イン・ワンダーランド』から、明確にヒロインそして悪役の描かれ方が変わったのです。ヒロインも悪役も、本格的に嫌な奴になりつつあるのです。したがって、実は『アリス・イン・ワンダーランド』はティム・バートン映画の方針が変わる、重要なマイルストーンだった!というのが手前の見立てで御座います。
 
さあ、『アリス・イン・ワンダーランド』続編『時間の旅』では、バートン監督の心の歪みが、赤と白の女王二人に託してどのように浮き上がってくるのか。心躍らせながら手前は劇場に向かったのです。
 
白「悪いことをした、とずっと思っていました」赤「その言葉が聞きたかった」
めでたしめでたし
 
え、何これ。バートン監督大丈夫?
かえって心配なんですけど。
 
皆様ご安心ください!2370字に渡って前振りをしておきながら何ですがこの映画は、ティム・バートン監督作では御座いません。ええ、もちろん上映前に配られたリーフレットにはこう書かれております「ティム・バートン監督の才能と傑作童話が融合した贅沢な作品だ」-ジョニー・デップ(マッドハッター役)。ですがよく見てください、リーフレットには縦2ミリ×横35ミリのサイズでこう書かれています“製作:ティム・バートン/監督:ジェームズ・ボビン”。
 
確かに『ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち』の予告編では“『アリス・イン・ワンダーランド』のティム・バートン監督による~”と言っています。“アリス役にミア・ワシコウスカ、赤の女王役のヘレナ・ボナム・カーター、白の女王役アン・ハサウェイ、そして物語の鍵を握るマッドハッター役にあのジョニー・デップティム・バートン監督の下に前作のキャストが再集結!”というのがこの続編映画の売りですよね。でも、『~時間の旅』の監督もバートン氏が続投とは一言も言っていないのです。
 
えーと、えーとつまりアレですヨほら、映画の中でマッドハッターが言っていたではありませんか「アリスを招いたとは言ったが、ここに来るとは一言も言っていない」この台詞を映画の宣伝にも応用する高度なメタ演出という・・・訳があるかいっ!
 
そういうわけで、監督の人生が映画にどう反映されているかは、『ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち』までお預けとなりました。『ダーク・シャドウ』に引き続きエバ・グリーンが出演するそうで、深読みしがいが御座いますね。
 
アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』について思った所を述べていきますと、美術面では時折面白いものが見られます。よくよく噛みしめてみると、バートン氏の影響が感じられます。アルチンボルドが描いた肖像画のような人物が登場したり、サシャ・バロン・コーエン演じる人物が乗るタイムマシンが手漕ぎ式だったり、タイムマシンに分かり易い注意書きがあったりと、見た目はまあ面白いです。
 
ただ、「不思議の国のアリス」「鏡の向こうの世界」「タイムトラベル」「空想が現実に勝利する物語」ほんでもって「ジョニー・デップ出演」というキーワードで脳内を検索すると、より適任の方がいるような気がしたのです。この手の美術であればテリー・ギリアム監督の方がもっと“らしい”ものを作ることができると思います。考えてみますと、バートン氏もギリアム氏もアニメーター出身でした。わざと舞台の書き割りっぽい背景を作ったりとか、そういったあたりに共通点が見付けられます。
 
展開について、直接映像では描かれないものの、ワンダーランドを冒険中のアリスを客観的に見ると「独り言を言いながらテーブルに上ったり家具の下に潜り込んだりしている」状態なのだそうで、ここをもっと掘り下げると面白くなったかもしれません。『エンジェル・ウォーズ』になってしまうかも知れませんが。
 
俳優については、新キャラクターとして登場したサシャ・バロン・コーエンが、前作にはない空気を持ち込んでいました。『ヒューゴの不思議な発明』と類似の、クロックワークで融通の利かない権威主義的な管理者を演じています。若干チックじみたひきつり笑いをしながら歯車をギコギコ鳴らし歩き回る様子は、『ヒューゴ』で同氏が演じたキャラクターと同じ演技プランによるためでしょう。ただ、本職のコメディアンである彼がハイテンションの挙動不審演技をしていると、困ったことにキャラが被ってくるのです。誰と?ジョニー・デップと、です。
 
むしろ見ていて心配になったのは、バートン監督ではなくジョニー・デップ氏の方です。確かに、ピーウィー・ハーマン的なコドモ大人はバートン氏の好むキャラクター造形ですが、さすがにこの年齢で純朴な青年を演るのは無理が有るのではないか。今回のマッドハッターを見ていて、何かに似ているとずっと引っかかっていたのですが思い出しました。ジャージャー・ビンクスです。
 
ジェームズ・ボビン監督の個性については、どのようなものか『時間の旅』からはまだ判断が付きません。元々自分の創作物ではなかった世界観を引き継いで、スターが大挙出演する映画をまとめ上げたのですから、相応の実力はあると思います。
 
心配したり今後が楽しみになったり感情の波が色々ございましたが、ティム・バートン氏についての深読み/邪推は『ミス・ペレグリンと奇妙な子供たち』を観てからにしようと思います。