無駄口を叩いて渡る世間に鬼瓦

映画について、深読みしたり邪推したり。時折、映画以外の話をすることもあります。

『ダークナイト ライジング』はバットマンについての究極の原点回帰である

映画『ダークナイト ライジング』は、バットマンの物語についての究極の原点回帰である。『二都物語』を引用していることから原点回帰の意図は明らかである。
 
何言ってんのこの人、みたいな顔でこちらをご覧になっているそこのアナタ!お疑いのアナタのために、順を追って根拠を示してお話し致しましょう。
 
バットマンの実写化成功例として、ティム・バートン監督の『バットマン』『バットマン リターンズ』がしばしば挙げられます。そして、この映画こそがバットマンの原点であるとする意見がございます。
 
手前はそのような意見には組しかねるものであります。バートン監督による『バットマン』2作品が実写化の成功例だということには疑いの余地はございませんが、あの映画はバットマンの原点ではなく、ひとつの解釈でございましょう。
 
事実、最初にマイケル・キートン主演の宣伝写真が公開されたとき、“こんなのバットマンじゃないやい!”という声が、原作コミックのファンから上がっておりました。
 
確かに、1980年代以降のアニメ版そして原作コミックのバットマンには、フランク・ミラーの『ダークナイト・リターンズ』あるいはアラン・ムーアによる『バットマン:キリングジョーク』、そして前述のティム・バートン監督による映画のように、心理学的にコミックのヒーローを読み解いたり社会的なメッセージを強くしたりする一連の流れがありました。
 
しかしそれ以前の世代には、明るいバットマンの時代があったのです。1960年代のTVシリーズ『怪鳥人バットマン』、もう50年前の作品ですが、劇場版が『バットマン オリジナル・ムービー』の名でDVDになっていますので、比較的手に入りやすいかと思います。
 
バットマンが格闘シーンで悪人を殴ると「POW!」等の効果音が画面に大きく表示され、バットマンが繰り出す秘密兵器「バットモービル」「バットコプター」は良いとして「バットはしご(←タダのはしご)」・・・えーと、まあつまり完全にコメディとして作られたものです。
 
原作コミックではTVドラマシリーズの設定は引き継がれていないですって?そんなことはありません。リドラーがインタビューに対し“バットマンとロビンはボケ役”“ジョーカーが殺しをしなかった昔が懐かしい”等と回答している短編があります。これはコメディとして作られたTVシリーズを踏まえたものです。また、ウェイン邸のパスワードが前述のテレビドラマの効果音に基づいている展開がある等、ちょくちょくコミックでも60年代テレビシリーズの引用が行われております。
 
いずれにせよ、アダム・ウェスト主演版の実写化は、バットマンの歴史を語る上では避けて通れないものであり、その後のアメコミヒーロー像に与えた影響もまたマイケル・キートン主演の映画2作に負けず劣らず大きいものであったことは確かなのです。
 
それでも、コミック版アニメ版実写版を問わず、かつ脚本家が誰になったか、あるいはコメディ/シリアスに関わらず、バットマンが常にそのキャラクターの基盤としている、いわばバットマンが一貫してロールモデルとしている物語がございます。その物語は『怪傑ゾロ』であります。
 
原作コミックあるいは一部の映画でも確認できるように、ブルース・ウェインの両親が強盗に殺された場所は映画館のすぐ前、家族で映画を観て家路につく丁度その時に、強盗に遭っているのです。ブルース・ウェインがマスク姿のヴィジランテになることを決意したとき、無意識にモデルとしたヒーローが、その時家族で観ていた『怪傑ゾロ』であった。言い換えれば、両親の死の直前『怪傑ゾロ』を観ていたため仮面のヒーローを志した、という基本設定がバットマンにはあるのです。
 
バットマンと怪傑ゾロの共通点は何か?それは、表の顔が親の遺産を食いつぶして享楽的な生活を続ける道楽者ではあるが、それはあくまでも世間の目をそらす仮の姿。実は社会の不正と戦う義賊なのである。という所にあります。
 
そしてもう一つ、物語上言及されることはありませんが、バットマンのモデルとなったとされるキャラクターは他にも存在しているのです。それは『シャドー』。1994年にアレック・ボールドウィン主演の映画にもなっていますが、元々は1930年代初頭のパルプ小説で誕生したキャラクターです。チベットの山奥で神秘的な武術の奥義を身に付けた覆面のヒーローが、自前の秘密組織を率いて犯罪組織と戦う話であります。アレック・ボールドウィン主演の映画では、トミーガンを乱射する悪人の視界の端ギリギリを避けて姿を眩まし、背後から不気味な笑い声を響かせるという、いかにもバットマンを思わせる(むしろ時代的には『シャドー』原作の方が早いのですが)場面があります。
 
丁度今劇場で公開されている『ドクター・ストレンジ』も『シャドー』の系譜に入りますね。シャドーはチベットドクター・ストレンジはネパール、バットマンはアラビアもしくはヒマラヤのどこか(脚本家によって異なる)という非ヨーロッパ圏のエキゾティックな武術の奥義を学んでマントのヒーローになった訳ですから。
 
さて、『シャドー』のモデルは何か?それは、『紅はこべ』であります。表の顔は道楽者の大富豪だが、私生活がイマイチ良く解らない。実は自前の秘密組織を持っていて、夜になると仮面とマントで変装してヒーロー活動をしているのだ!という物語の原点が『紅はこべ』なのです。
 
バットマン』『アイアンマン』『スーパーマン』『スパイダーマン』のような、表向きの顔はボンクラだけど実は世界の平和を守っているヒーロー、という物語の原型が『紅はこべ』なのです。
 
さてここで『紅はこべ』がどんな話なのか、あらすじを確認致しましょう。かなり『ダークナイト ライジング』に似ている物語なのです。
 
“時は18世紀末、フランス革命によって粗野で無教養な成り上がり者が政府を樹立し、洗練された文化と敬虔な信仰を持つ貴族社会は存亡の危機にあった。革命政府の田吾作連中を出し抜いて、人類の文明を破滅から救うのは何者か?捕らえられた貴族たちを華麗に救い大英帝国へ亡命させる秘密結社、通称「紅はこべ団」。謎に包まれた首領の正体は、何と意外にもイギリス社交界で知られる道楽者、ブレイクニー準男爵その人であった!”という、まあ何というか少し手前の紹介の仕方が偏っていますがそんなお話です。
 
では、『紅はこべ』が基にしている小説は?『二都物語』なのです。
 
鎖が繋がって参りました。バットマンのモデルは、設定上は『怪傑ゾロ』、メタ的には『シャドー』。そのまた原型は『紅はこべ』。そして『紅はこべ』の舞台設定に影響を与えた小説は『二都物語』。
 
以上のことから、映画『ダークナイト ライジング』は、バットマンの物語についての究極の原点回帰である。『二都物語』を引用していることから原点回帰の意図は明らかである、と申し上げます。